歌葬

まるでたかの涙雨のように、
愛媛で約一ヶ月も降らなかった雨が、
ポツリポツリと降った24日、

三崎の伝宗寺でたかちゃんの四十九日法要とお別れ会が無事に終わりました。


松山や八幡浜、そしてゆかりのある三崎の皆さんで本堂は溢れんばかり。

始めに三崎の御詠歌の皆さんに厳かに詠ってもらい、
そして曹渓和尚さんには、胸に響くお経を唱えて頂く。

読経の響き渡る中をお焼香。

子供の頃からこの間までのたかとの思い出が駆け巡るが、
お袋の涙を見ると、泣けないもんです。


お経の終わった後、戒名を頂戴する

歌風軒隆勝朋楽居士

なんともサスケらしいでしょう?!

勝は入るは音楽の楽は入るはで、説明の要らない戒名になりました。

勝の場合も隆の字を入れ変えてもらえば戒名も決まりだね。



お別れ会は弟分のサイゾーの中西君が司会。
気のせいか、くらーいトーン。当たり前か!

トップにわざわざ松山から、みかん一座のみんな。
歌を作ったり舞台出たり、懐かしいね。

戒田せっちゃん座長の沁みるたかちゃんへのメッセージの後、
松山は道後温泉の記念曲「旅のマドンナ」と「感謝感激ありがとう」。
本堂が、いつの間にか坊っちゃん劇場に?!
もちろん勝も一緒に歌いました。
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↑KIMIYO、みかん一座↑
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↑勝、KIMIYO、みかん一座↑


その後は伊方の未来を託す三崎中学生のみんなの登場、
高校一年生になった咲歩ちゃんの紹介で、
震災に遇った気仙沼の中学生達との交流を歌にした
「君の笑顔に逢いたくて」の合唱。
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↑三崎中学の合唱↑

保育園から高校の運動会、三崎の盆踊りまで踊らなければならない
サスケの隠れたヒット曲?「頑張れ岬アジ岬サバ君」の踊りで。
たかの供養を。暑い中ありがとう。

お次は八幡浜のフレッシュレンジを従えた?サイゾーのステージ。
さすが今では佐田岬半島の王者。
地に足をつけた骨太の2曲たかちゃんに捧げてくれました。
「俺達の海」「メロディーラインへおいで」

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↑サイゾーとフレッシュレンジ↑


しかし南予の人間ってどうしてこんなに明るすぎるんだろう。
とてもお寺とは思えない!

雰囲気を変えて地元からリクエストで呼ばれた?KIMIYOの登場。
通夜告別式はすっかり秘書としてがんばってもらいました。
もちろん「八幡浜ちゃんぽん物語」を二人で。
三番はたかちゃんと三崎を入れたバージョンで。

喪主挨拶代わりには、「届いたみかん」。
ギター一本で下手くそながら勝なりで何とか歌いきり?
最後はもちろん全員で「麦踏み」の大合唱。
故郷愛媛が一つになった感じ。

たかちゃんのイベントにふさわしい、
ひと味もふた味も変わった四十九日法要でした。

何から何まで周りの友達や、諸先輩に助けられ、
何とか無事終える事が出来ました。
本当に感謝いたします。

三崎中学のホームベージや喜久屋プロジェクトでも今回の法要を取り上げてくれてます。
ぜひ検索してみてくださいね。
→三崎中学 ホームページ
→喜久屋プロジェクトのブログ記事


翌日の愛媛新聞に大きく報道され、びっくり。
お骨の前に新聞を置いたのは、言うまでもありません。

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練馬ビーボーン

たかちゃんのお葬式が終わって一月弱。

田舎での四十九日、納骨が終われば(8/24、三崎の伝宗寺)一段落ですが
事務的な処理も含めて、まだまだバタバタしており、
しばらく挨拶遅れますが申しわけありません。

そんな最中に、練馬のビーボーンでKIMIYOのライブにちょこっと参加。
久しぶりにギターを弾きました。

前回のビーボーンでは、KIMIYOを挟んでたかちゃんが居ましたが、
今回は友人のビアニストのDeep寿……。

サスケの歌のオンパレード、
想い出のステーション~下関駅~、
愛しのフクタ君、
シャララ、
君は緑の風 、

そして何と何と、まさかの「高田の一本松」!


うーん。信じられないけど、たかの気持ちがKIMIYOにも伝わったのかな?

思いの外、辛口のカツが、今回ばかりは◎をつけてしまいました。(笑)

明日たかちゃんと共に田舎に帰ります。
お袋に会うのが、何とも言えませんが、二人分手料理を食べなきゃあね。

尚、9/29に、たかを偲ぶ会やります。詳しくはまた後程。

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りんごのほっぺ

お陰さまでたかちゃんの通夜、告別式、滞りなく済ます事が出来ました。
生前は大変お世話になりました。

あれ?何かサスケらしくないね。
はなっから固い挨拶は似合わないサスケだし、
照れ屋のたかには、ゆるいくらいが丁度いいのにね。
こうして書きながらも、たかと話してるんだから、居ないはずがないんだけどね。
うーん全く困ったもんだ。


28日のお通夜には全国から友人達が
(基本的にサスケにはファンなんていなくてみーんな友達ばかりだもの)
参列してくださり、たかとの別れを惜しんでいただきました。

一本松のたかの声が流れた後に陸前高田の戸羽市長、
神野美伽さんを伴っての詩の師匠、荒木とよひさ先生の弔辞、
そしてフォークソングのダブル師匠、なぎら健壱、三上寛さんのたかへの別れの言葉。
たか、思いがかなったね。

四列に並んだお焼香の絶えない列、
たかとの思い出を噛み締めながらも、
皆さん勝にも目でお話してくれました。

みんなの思いは、たかに全て届けましたよ。

告別式は雨男のサスケにピッタリの涙雨。
前日に続いて参列された方の数の多さにびっくり。

たかちゃんの顔は58年一緒にいて一番素敵でイケメンで、
そして全てを悟った高僧の様でした。

お花と大好きな猫の写真、三崎中学のみんなや、みゆきちゃん、津田の姉さん、よろこび座キッズ達の祈りの千羽鶴、
そして、向こうでもガンガン、ギター弾いてもらいたくて、
たかのお気に入りのピンクのピックを柩に納めました。、

飲みたかったビールを口に湿らせてあげ、
すっかり止めていたタバコも入れてあげました。
そして勝はイメージの中で自身の生前葬を密かにしておりました。

出棺の際の挨拶は優しい、たかの一面を披露したくて、
たかの遺影と一緒に「りんごのほっぺ」歌いました。
皆さんには二人のハーモニーがきっと聞こえていたと思います。

出棺の曲は、「暖かい風」
何だかライブのアンコールみたいだったな。

沢山の友達がこの日の為にサスケらしい別れのライブステージになるよう協力してくれました。
皆さんに感謝です。
ありがとう。

陸前高田の災害FMでは、たかの訃報を流し、一本松をかけてくれ、
松山では宇佐元さんとみかん一座がライブで高田の一本松を歌って偲んでくれ、
三崎ではアマデウスコンサートで子供達が、「君の笑顔に逢いたくて」を歌い、
なぎらさんはマンダラ2でサスケの「追伸」「赤羽線」を歌い、
サスケをネタにステージ行ったそうです。

以下のブログで秘蔵写真?等も見れます。
KIMIYOオフィシャルブログ
作曲家 太田勝一郎の人待ち日記
みかん一座日記

皆さんの心の中にはどの歌が流れているのでしょうか?

たかの笑顔とあの声を、これからも忘れずにいてくださいね。

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